●都城方面へ・・・・


二日続きの快晴となった土日・・・・考えることは皆同じ、行楽地には一斉に人が押し寄せます!
三股の椎八重公園へと続く道は大渋滞・・・・500mの車の列・・・・・。
待つこと40分・・・・ようやく公園に到着しました!
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赤いクルメツツジが見事です!
ただ・・・・もう見ごろは過ぎ枯れ始めた花も・・・・・やはり先週行けば良かった!
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椎八重公園を後にし・・・・霧島酒蔵が運営する「霧島ファクトリーガーデン」で開かれている「花まつり」へ。
「昼食でも食べて・・・・・」と軽い気持ちで行きましたらすごい人出。
近くに駐車場もなく遠くに用意された臨時駐車場からシャトルバスが・・・・・。
panもいますのでバスは無理・・・・会場近くの有料駐車場に空きを見つけ会場へ・・・・。

人混みでも騒ぐことのなくなったpanですが、会場中いい匂い・・・・
おまけに地面には人が落とした食べ物がいっぱい・・・・食いしん坊のpanは下を向いてしか歩きません!
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この日、都城に出向いたのは「都城島津邸」の見学!
都城は「島津発祥の地」・・・・・・薩摩藩主島津氏の姓名はここ都城で生まれました。

10世紀頃(室町時代)の「延喜式」という資料に「島津駅」という記述があります・・・・・・。
(※「駅」は、京都と諸国を結ぶ道々に設けられた宿泊施設)
11世紀、日向・薩摩・大隅三か国にまたがる大荘園は当時日本最大の荘園で、その中心が
「島津荘」(都城)でした・・・・。
1185年、源平の合戦に勝利した源頼朝は島津荘の司職に当時の地頭であった
惟宗忠久(これむねただひさ)を任命します。忠久は島津の地名を姓にして「島津忠久」と名乗ります。
これが「島津氏」のはじまりと云われます。
 
時代は変遷し・・・・平成16年に都城島津28代目の久厚氏は代々継承してきたおよそ1万点の
都城島津家資料を都城市に寄贈・・・・そして本宅も今回一般公開されることとなりました。
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現在の建物は、昭和10年、28年、29年、そして、昭和47年昭和天皇ご宿泊の折に
増改築され現在に至っています。
当時の男爵の暮らしを彷彿させるたたずまいには感嘆の言葉しかでてきませんでした・・・・。
奥にみえる玄関衝立は山内多門の「富嶽遠望」絵
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応接間の襖絵-大野重幸「栗鼠(リス)の図」
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昭和天皇ご休憩の間
(当時、天皇が使用されたものをそのまま展示されています。わずか1日のために購入されました)
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天皇皇后両陛下ご寝室
(ベットや鏡台などの家具はその時にお使いになられたもので、それ以後は使われることはありませんでした)
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3月末に開館したこの「都城島津邸」・・・・・「歴史」の語り部としての建築物。
多くの人に見ていただきたいものです。

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by littlepan | 2010-04-19 11:23 | ●成長日記
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